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【訃報】愛日家として知られる蔡焜燦氏が死去。享年90【日本人よ!胸を張りなさい!】

親日家を超えた愛日家として知られる、蔡焜燦氏がお亡くなりになられました。

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本日はとても悲しいニュースが入ってきましたのでお知らせいたします。

以下、ニュースサイトより抜粋です。

 

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 作家・司馬遼太郎が『台湾紀行』(『街道をゆく』シリーズ第40巻)を取材した際の案内役を務め、同作中で「老台北(ラオタイペイ)」として登場したことで知られる蔡焜燦氏が、7月17日、台北市内の自宅で世を去った。享年90。

 蔡氏は日本統治時代の1927年、台湾・台中市に生まれた。台中州立彰化商業学校を卒業した後に、志願して岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入校し、日本で終戦を迎える。帰台後は体育教師を務めた後に実業家に転身、半導体デザイン会社「偉詮電子」会長などを歴任。一方で短歌を愛好する「台湾歌壇」の代表として日本文化を広く紹介してきた功績が評価され、2014年春の叙勲で旭日双光章を受章した。

 長く日台交流に尽力し、親日家を超えた「愛日家」と呼ばれた蔡氏は2001年に『台湾人と日本精神』(小学館文庫)を上梓。台湾では現在も「日本精神(リップンチェンシン)という言葉が「勤勉で正直、約束を守るというもろもろの善いことを表現する言葉」であることを作中で紹介するとともに、日本の台湾統治時代を高く評価し、“かつての祖国”に向けて「日本人よ胸を張りなさい」と呼びかけた。

『台湾人と日本精神』は、2015年に小学館より『新装版 台湾人と日本精神』としてリニューアル刊行された。同書のあとがき「愛日家の遺言」として、蔡氏はこう記した。

素晴らしき日本統治時代を知る生き証人が次々とこの世を去ってゆく悲しみは筆紙に尽くしがたい。だが、私はこうして元気で暮らしている。もしかすると、「老骨に鞭打ってでも、かつての祖国・日本にエールを送り続けよ」という先に逝かれた方々の思し召しなのかもしれない〉

〈私は死ぬまで日本と日本人にエールを送り続ける。自虐史観に取り付かれた戦後の日本人に、かつての自信と誇りを取り戻してもらいたいのだ。どうか日本の皆さんにお願いしたい。かつて文豪・司馬遼太郎先生がそうであったように、台湾にお越しいただいて自らの足で台湾を確かめ、そして自らの目で台湾を見てほしい。(中略)拙著がその道案内役となれば、これに勝る喜びはない。
 何度でも言わせていただく。
「日本人よ! 胸を張りなさい!」
 愛してやまない日本国と日本人へ、私からの“遺言”である〉

 日本人として祖国を誇りに思い、そして台湾人となってからも日本を愛し、憂い、励まし続けた蔡氏のご冥福をお祈りする。

http://news.livedoor.com/article/detail/13352805/

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また一人、大切な方が亡くなられ本当に悲しみでいっぱいです。

蔡焜燦氏が台湾に訪れたジャーナリスト・政治家・若者に台湾を案内し、食事を振舞ったりしたときに必ず仰っていたことは、

「皆さんは私に一宿一飯の義理ができましたね(笑い)。その借りを返してもらえるのなら、日本という国を愛してください。それが私へのお返しです。日本という国は、皆さんのものだけではなく、私のような“元日本人”のものでもあるのです。日本人よ、胸を張りなさい

蔡焜燦氏の著書「台湾人と日本精神(リップンチェンシン)」は全日本人に読んでいただきたいとても素晴らしい本で、台湾を知る上での必読書だと思います。

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日本時代の台湾で生まれ、日本の教育を受け、志願して岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入校し日本で終戦を迎え、その後体育教師・実業家としても成功した。

また、短歌を愛好する「台湾歌壇」の代表として日本文化を広く紹介してきた功績が評価され、2014年春の叙勲で旭日双光章を受章した、蔡焜燦氏の日本人への熱いメッセージが込められた著書である。

図書館に置いてあることも多いので是非読んでみてください。

また、一家に一冊有るべき本だとも思います。

 謹んで御冥福をお祈りいたします。

 

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